2017.01/16(Mon)

THAT NIGHT【Cap.01】


~ Rui ~

雪の中を宛もなく歩く。
店を出た時に感じた寒さも、今はそれほど気にならない。
それ以上に冷え切った、心。
このまま凍え死んでもかまわない。
どうせ生きていたって意味がないんだから…。


店を出て、そう時間も経たないうちにかかってきた電話。
その相手の苛立ちを伝えるかのように、着信音が低く響く。

― もっと愉快なメロディにしとけばよかったかな…

いつまで経っても鳴り止まないその音に、溜息が漏れる。

ー これくらいさっさと仕事すれば、あんなクソみたいな狸のご機嫌取らなくてもやっていけんのにな。

諦めて通話ボタンを押した途端、予想通りの怒声が鼓膜に刺さった。

『お前っ!自分が何をしたのか、わかってるのかっ!』

俺が何をしたって?
そういうあんたこそ、何したんだよ。
あぁ…会社の利益のためなら、使えるモノは何でも使う、そういう人だったね。
溜息と共に漏れた嘲笑は、電話の向こうには届かないだろう。

「ご心配なさらずとも、二度と帰りませんから。
 あなたの息子は死んだとでも思ってください。
 その方がお互いすっきりするでしょう?」

それだけ告げて、通話を終了する。
間際、電話の向こうで何か叫んでいたが、そんなのはもうどうでもいい。


これで終わり。
冷え切った心は何も感じず、もう動くこともない。
希望も、絶望も…何も、ない。

見上げた空には煌めく星も、輝く月も見えなくて。
ただ音も立てず、白い結晶が舞い落ちてくる。
それを見るともなしに見ていた時、耳を掠めたのはヴァイオリンの音色。
賑やかな喧騒の中で、その音がスッと心に沁みた。


静かに響くその音色に誘われるように、足を踏み入れたのはクラシカルなジャズバーだった。
客は数人しかおらず、それぞれにこの時を楽しんでいるように見える。
俺はカウンターの隅の一席に腰を下ろすと、目を閉じ、ヴァイオリンの奏でる音に耳を傾けた。




**




~ Tsukushi ~

店を出ても、家に帰る気にはなれず、宛もなくブラブラと歩いた。
本当なら、今頃はあの人の腕に抱かれているはずだった。
せっかくの誕生日なのに、ツイてないな…。
とんだプレゼントをもらったもんだ、と独り言ちるが、その声は誰の耳にも届かない。


彼とは取引先との飲み会で知り合った。
10歳も年上なのに、まったく年の差を感じさせない気さくな人柄に惹かれた。
結婚していることはすぐにわかった。
左薬指に輝く、その証。
好きになるなんてありえないって思ってたのに。

『牧野さんのこと、ずっといいなって思ってたんだ』

なんて、こっそり耳打ちされて。
彼はスッと薬指の指輪を外すと、そっとあたしの手に触れ、指を絡めてきた。

『…抜けるよ』

魅惑的な囁きを残し、離された手が寂しくて。
誘われるままに、こっそり二人で抜け出した。


その当時、あたしは24歳。
それなりに恋愛も経験してきたし、キスの先のことも知っていた。
さすがに不倫は初めてだったけど、何だかワクワクしたのを覚えてる。
キケンな遊び…のつもりだった。
彼には奥さんも子供もいる。
けれど、あたしといる時はいつも指輪は外してくれたし、本当の恋人みたいにデートもした。
『愛してる』が挨拶代わりのように囁き合い、求め合った。

いつか終わりが来ることはわかってたのに。
それが今日…それも誕生日だなんて。

ー あたしは悪い夢でも見てるんじゃないか…。

そう思いたいのに、頬に触れる冷たい感触が、これが現実なのだと教えてくれる。
哀しいのに、涙も出ないなんてね。
空から舞い降りる結晶が、あたしの涙を凍らせてしまったのかもしれない。

その時、不意に耳に届いた、静かなジャズの音色。
正直、ジャズなんて全然聴いたこともないのだけど。
物悲しい音色が、空っぽな心に深く響いた。


クラシカルな扉を開けると、その空間はあたしを温かく迎え入れてくれた。
カウンターに立つ物静かなマスターが小さく会釈をし、空いた席を勧めてくれる。
勧められるままに席に着き、弱めのカクテルをオーダーすると、そのまま目を閉じる。
甘く、滑らかに響くヴァイオリンとマスターの振るシェイカーの音が、不思議と心地よく響いた。



***



フッと目を向けた先に座る女性。
幼げにも見えるが、その手元のカクテルがれっきとした成人であることを物語る。
目を閉じ、音に耳を傾けるその姿が何だか寂しそうに見えて。
声を掛けることもせず、暫く見つめていると。
その目尻から、一筋の雫が零れ落ちた。

特に言葉も掛けず、そっとハンカチを差し出すと、その気配に彼女がこちらを振り向く。
その瞳は深い傷を負っているように見え、なぜか胸が痛んだ。

「…どうぞ?」

もう一度ハンカチを差し出すと、彼女は驚き、目を丸くする。
その表情が可笑しくて、思わず笑みが零れた。

「洗ってあるから大丈夫。使って?」

「い、いえっ…大丈夫ですから…」

遠慮するようにハンカチを押し返されるが、そんなことはお構いなしにその涙を拭う。

「泣きたい時はちゃんと泣いた方がいいよ。
 そしたら、明日はきっと笑えるからさ」

その手にハンカチを握らせると、頭をポンッと軽く叩く。
瞬間、何かが切れたように、その大きな瞳から大粒の涙がポロポロと溢れた。




頭に触れた大きな手。
彼のものではないとわかっているのに、瞬間的に想いが引き戻される。
その温もりに、心の箍が外れた。
泣かないと決めたのに、ポロポロと零れる涙を止めることができなくて。
手に握らされたハンカチを目元に押し付ける。


どれくらい、そうしていたのかわからない。
その間も、その手は優しく、あたしの頭を撫でてくれた。
この手は彼じゃない…彼の手があたしの頭を撫でてくれたことはなかったから。

ー あの人だったら…抱き締めて、キスしてくれた…あたしに笑顔が戻るまで…。


「初対面でそれしたら、犯罪でしょ?」

不意に届いた声に、顔を上げる。
穏やかに微笑む瞳が、優しくあたしを見つめていた。

「え…何…?」

「あんた、全部ダダ漏れ。
 でも、ずいぶん気障な彼氏だね」

「…もう、彼氏じゃないもん」

「あー…そゆことね。
 フラれたのが悔しくて、泣くの我慢してた感じ?」

あっさり見抜かれた心…あたしってそんなにわかりやすいのかな?

「…悪い?」

「全然。でも、泣いた方がすっきりするよ。
 こういう時こそ、自分の心を大事にしなきゃ」

「うん…ありがと」

彼はそれ以上何も言わなかった。
それが気遣いなのか、何なのかはわからない。
けど、それでよかった。


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