THAT NIGHT【Cap.03】
CategoryTHAT NIGHT
「あんた、お酒強い?」
「んー、そんなに強くはないかな…」
「そう…それ、ちょっと度数高いから、気を付けて」
「わかった…いろいろありがと」
カクテルグラスを持ち上げると、彼女のグラスにそっと合わせる。
「あんたがあんたらしくいられるように…乾杯」
「え?」
「そのカクテルに使われてるヒースって花の花言葉。
今のあんたにはぴったりだね」
クスッと微笑み、カクテルに口を付ける。
同じように、カクテルを口に含んだ彼女は、一瞬眉間に皺を寄せた。
「…苦いでしょ?」
口の中に広がる、甘さと辛さとほろ苦さ。
酒の苦手な人には少し抵抗があるかもしれない、とは思っていた。
「うん…何か複雑な味だね…」
「あんたにはちょっと早かったかな?」
「…どういう意味?」
「大人が好む味だからね」
「…あたし、今日で26なんだけどっ!」
少し怒ったように頬を膨らませ、俺を睨む。
コロコロとよく表情の変わる女だ。
「ふーん…もっと若いのかと思った」
「どうせ子供っぽいですよっ!」
プイッとそっぽを向く仕草が可愛い。
女というよりは、子供みたいだと思った。
「じゃあさ、誕生日のお祝いしよ。
何か1つ、あんたの希望を叶えるよ」
そう言えば、これまでの女どもなら『今日だけ彼女にして』とか『一晩一緒に過ごして』とか言うんだろうな。
まぁ、彼氏にフラれたばっかなら、そういう慰め方も無きにしも非ず、か。
「え?いいの?」
一瞬目を輝かせた彼女に、俺も微笑みを返す。
そして、気付いた。
ー 俺…笑ってる?
さっきまで空っぽだと思っていた心に、いつの間にか入り込んできた彼女。
けれど、それがちっとも嫌じゃない。
「いいよ。何でも言って?」
純粋に、誕生日を祝ってやりたいと思った。
今年の誕生日の記憶を楽しいものにしてやりたい。
これは…気紛れなんかじゃないよ。
「じゃあさ…」
考えに考え抜いた末の、あたしの『希望』を伝える。
「あんたも大事にしてよ…自分の心」
「…え?」
「さっき、あたしに言ってくれたでしょ?
でも、そう言ってるあんたは大事にしてないでしょ?」
驚いているのか、呆れているのか、わからない。
表情を失った顔は、綺麗だけど、ちょっと寂しい。
何となく、感じた。
たぶん彼も、何か、傷を負っている。
あたしの失恋なんかよりももっともっと深い傷…。
だから、彼のために笑顔でいよう。
笑顔って、すごい力を持ってるって知ってるから。
あたしが泣いてた時、彼は穏やかな微笑みをくれた。
それは同情でも哀れみでもなかった。
自分の負った傷には蓋をして、あたしに笑いかけてくれた。
それは無意識かもしれない。
けど、あたしはそれで救われた。
だから、今度はあたしの番。
彼に笑いかけることで、きっとあたしの傷も癒えるはず。
「あたし、あんたから何かを貰おうとか、何かしてほしいとか、全然思わないんだ。
だって、あたしたち、今日初めて会ったんだよ?
気持ちは嬉しいけどね…あたしとしては、こうやって一緒に話をしてくれるだけで十分」
にっこり笑って彼を見つめる。
数時間前は、この世の終わりかと思うほど悲しかったのに。
今、見ず知らずのこの人に、心からの笑顔を向けることができている。
「…変な女」
フッと視線を外され、頬杖をつく。
その頬が僅かに赤い気もしたが、それは見てないことにした。
だって、何か可愛かったから。
「あんただって、十分変な男よ?」
思わず、クスクスと笑いが漏れる。
そんなあたしに、彼もクスッと笑った。
☆--:*:--☆--:*:--☆--:*:--☆--:*:--☆
皆さまからのコメントや拍手、本当にありがとうございます♪
- 関連記事
-
- THAT NIGHT【Cap.04】
- THAT NIGHT【Cap.03】
- THAT NIGHT【Cap.02】