2018.01/27(Sat)

Tranquilizer 47


つくしの頭をふと過ったのは6年前のこと。

アンティーブに移り住んで少し経った頃。
定期的に来ていた『それ』が来ない。
身に覚えはある。
けど、きっと環境が変わったせいだ。
抱いた疑念を打ち消したいのに。
いつもなら美味しいはずの食事に感じた、微妙な違和感。
微熱、倦怠感、軽い嘔気。
体調に比例するかのように不安定になる、心。
そのどれもが、その事実を、裏付けていく。

疑念が確信へと変わったあの日、今日と同じように、その箱を開けた。

あの時は独りだった。
独りで、その『結果』を見つめた。
零れる涙を拭ってくれる大きな手も、つくしの細い体をすっぽりと包む逞しい腕もなかった。
ただただ、独りで、涙した。

だが、今は違う。
この扉を開けた先には、共に喜んでくれる類がいる。
もし望む結果が得られなかったとしても、落胆することはない。
『コウノトリのご機嫌が悪かったんだね』と笑えばいい。
郁はがっかりするだろうけど、そしたら抱きしめてあげよう。


つくしは心を鎮めるように息を吐き、それを手にする。
結果を表示する小窓を指で塞ぎ、処置を済ませるとそのまま扉を開けた。
「どうだった?」
類の不安げな声に、つくしは苦笑を浮かべる。
「んー、まだ見てない。
 類と一緒に見ようと思って。」
「そっか。」
そのままフワリと抱きしめられ、耳元に類の呟きが響く。
「何かドキドキする。
 ガキみたい、って笑ってもいいよ。」
「笑うわけないじゃん。
 あたしだってドキドキしてるんだから。」
フフっと笑い合い、軽く唇を合わせた。


ソファに二人で並んで座り、つくしの手の中にある検査薬を見つめる。
つくしの肩を抱き寄せる手から、類の緊張が伝わってくる。
「…いい?」
「ん。」
ゆっくりと開かれた掌を見つめた、その瞬間。

「「あ…っ!」」

その小窓に浮き上がった一本の線。
その意味を説明するべくもなく、類もそれを正しく理解した。
「…郁の言う通り、だったね。」
クスッと微笑み、つくしが類を見上げる、と。

ギュッ。

力強い腕がつくしの身体を抱きしめる。
それは今までで一番強く、けれど決して息苦しさを伴うものではない。
「…類?」
「ん…よかった…。」
くぐもった声が、喜びで震える。
それは、この5年の間、待ち続けた瞬間だった。

どのくらい、そうしていたのかもわからない。
早くリビングに戻って、郁や皆にこのことを報告しないといけないのに。
そう思いながらも、つくしにはこの腕を振り解くことができなかった。
「ヤバい…どうしよう…」
「類?」
「総二郎みたいに叫びたいのに…嬉しすぎて、声が出ない…。」
耳に響く類の声は、まだ僅かに震えている。
「うん…あたしも、同じ。
 郁の時はいろいろありすぎて、戸惑いもあったけど。
 嬉しいって思うのは同じ、かな。
 でもそれ以上に、類とこうして一緒に喜べてよかった。」
類の瞳から零れる涙を、つくしの細い指が拭う。
そんなつくしの瞳からも、ポロポロと涙が溢れた。
「類が泣くなんて、珍しいね。」
「あんたは相変わらず泣き虫だよね。」
つくしの目尻に唇を寄せ、零れる涙をチュッと掬い取る。
頬を伝う涙をも追いかけるように、チュッチュッと音を立てて唇が滑る。
そして、その唇が口角に触れると。

「ありがと、つくし…ずっと、愛してる…」

その想いと共に、つくしの唇が塞がれた。


視界の端に感じる視線に、類はフッと笑みを零す。
「いいよ、入ってきて。」
その声に、扉が静かに開き、小さな体が滑るようにして入ってくる。
「おいで、郁。」
つくしがその手を差し伸べると、嬉しそうな笑顔で郁は駆け寄った。
「あのねっ、ゆーまのパパとママも…」
「ん。わかった。でも、まずは郁にね。」
類は郁を抱き上げると、つくしに向く恰好で自分の腿の上に座らせる。
「郁の言った通り、ママのお腹には赤ちゃんがいるんだ。
 これからママは赤ちゃんを大事に育てていかないといけないから、郁だけ、ってわけにはいかなくなる。
 郁は赤ちゃんのお兄ちゃんになるんだから、ちゃんといい子にできるよね?」
「うんっ!」
「ごめんね、郁。でも我慢はしなくていいからね?
 パパとママにとっては、郁も赤ちゃんも同じくらい大事なんだからね。」
「わかった。
 ねぇ、パパ。僕も、ママにおめでとうのチューしてもいい?」
「ん。いいよ。」
「ふふっ…何か、照れちゃう。」
類の腿から立ち上がり、膝立ちの姿勢でつくしにその手を伸ばした。
類そっくりの、薄茶色の瞳が徐々に近付く。
郁の小さな手がつくしの頬に触れ、柔らかな感触がつくしの唇を塞いだ。
「…えっ?ちょっ、郁?」
類の焦る声を無視して、数度、その唇に吸い付く。
つくしは、といえば、小さな類からの優しいキスに頬を染めている。
「郁っ!何してんのっ!
 つくしも、顔赤くなってるし!」
焦ってその体を引き剥がした類に、郁はケロッとした顔で眼前の父を見る。
「何で?パパがやってる通りにしただけだよ?
 でも、ママのお口、気持ちいいね。またやっても…」
「ダメッ!ママのお口はパパのものだからっ!」
「ずるい!ママはパパだけのものじゃない!
 僕だって、ママのこと、大好きだもん!」
大きな類と小さな郁の、つくしを巡る小競り合い。
それを暫し茫然と見つめていたつくしが、突如クスクスと笑い出す。
「つくし!笑いごとじゃ…!」
「おいで、郁。」
つくしに抱えられるようにして、郁はその顔を見上げた。
「郁はほんと、パパそっくりね。
 ママも、郁のこと、大好きよ。
 でもね、郁はこれからきっと、ママよりももっと大好きな人に出会うわ。
 パパとママが出会ったように、ね。」
つくしの言葉に、一瞬、郁の目が潤む。
「ママは…パパの方が好き?僕より…?」
その問いに、つくしは小さく首を横に振る。
「パパも、郁も、お腹の赤ちゃんも、あたしにとっては一番、よ。
 パパと郁が仲良くしてくれなかったら、ママは悲しいな。」
少し悲し気につくしが俯くと、郁はゴシゴシと目元を擦り、つくしの腕をすり抜ける。
そして、類の方に向き直ると。
「パパは、ママのこと、どれくらい好き?」
「んー、宇宙で一番好き。」
「う、ちゅう?」
「そ。けど、それは郁も一緒。
 郁は俺の大事な大事な宝物だからね。」
「一番?」
「んー、一番って、無理に決めることないと思うんだよね。
 じゃあ聞くけど、郁はパパとママと赤ちゃん、誰が一番好き?」
類の問いかけに、郁は『う~ん…』と唸り、ブツブツと何か呟いている。
「郁。急いで答えを出すことないよ。ゆっくり考えな。
 けど、せっかくみんながいるのに遊ばなくていいの?
 今度はいつ会えるかわかんないんだから、みんなと遊んでおいで。」
「ママは?大丈夫?」
「大丈夫よ。少し休んだら行くから、先に戻ってて。」
「わかった!じゃあ、僕、先に行ってるね!」
ニコッと笑い、タッタッと走り出す。
部屋を出る直前でクルッと振り向き、『早く来てね!』と言い残し、その扉を閉めた。

静かに閉まった扉を見つめながら、クスクスとつくしが笑う。
「郁、喜んでたね。いいお兄ちゃんになりそう。」
「うん。けど、ほんと、中身はつくしそっくりだよね。」
クスッと笑った類に、つくしは困り顔だ。
「困ったねぇ…」
「そう?元気があっていいじゃない。」
「けど、あのクセは直させないとね。
 あ、あたしも、だけど…。」
「つくしは無理じゃない?
 今までずっと直せなかったんだから、今更でしょ?」
「ちょっ!それ、ひどくない?」
「でも事実じゃん?」
「類の意地悪っ!」
腹立ち紛れに立ち上がり、類に背を向け、歩き出そうとした時。

コロン。

何かが落ちた気配に床を見ると、そこにはさっきまで握りしめていた検査薬があった。
「あ…」
身を屈め、それに手を伸ばす。
その小窓から覗く、くっきりと浮かんだ線は、紛れもなく二人が愛し合った証。
「つくし、ごめんね。」
フワリと類の温もりに包まれ、目の奥がジンジンと痛い。
「あんまりムキになるから、つい調子に乗りすぎた。
 けどね、つくしのそのクセ、俺好きだよ?
 郁にはそのうち直させるけど、つくしは直さなくていい。」
「でも…っ!」
「いいんだよ。
 それもひっくるめて、宇宙一愛してるんだから。」
「類…」
「ほら、機嫌直して、キスしよ?」
恥ずかしそうに俯いたつくしの顎を取り、上向かせる。
下唇を軽く引き、薄く開いたその隙間からそっと舌先を滑り込ませる。
一瞬怯んだ舌を絡め取り、吸い付き、甘く歯を立てれば、つくしの瞳が艶やかに蕩けた。


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