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パトリシア

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Category波の悪戯

家族専用にしては広い箱が、音も立てずに静かに上昇する。
機械音も浮遊感もないその空間はとても心地よく、ここがエレベーターの中であることを一瞬忘れそうになる。
窓の外に広がる空は灰色の雲に覆われていて、今にも雪が降り出しそうなほど重々しい。

そんな静寂の中に、関の控えめな声が響く。

「パトリシアには兄と姉がいて、それぞれ結婚して家を出ている。
 姉のアガットはアラブの石油王の息子と結婚して、今はドバイで暮らしてる。
 兄のダニエルがQuatremerの後継として決まってるんだけど、彼は東郷家を心底嫌っててね。
 俺たちの結婚話が進まなかった最大の理由は彼にあったってわけ。」
「何かあったの?」
「俺はパトリシアから聞いただけだから、詳しくは知らないんだけどさ。
 状況は今のあんたに近いかもね。」

憐れむような視線に意味がわからず、小首を傾げる。
と、最上階へと着いた箱がゆっくりと開き、広々としたエントランスが目の前に広がった。

『おかえりなさいませ。』

脇で控えていたSPが出迎えに立ち、その先の扉を開ける。
そのことに何の躊躇いも見せないあたり、何度もここに来ているんだろう。

『パトリシアは来てる?』
『奥でお待ちです。』

SPの先導を断り、迷いなく進む背中は堂々としていて、彼が既にQuatremerの一員なのだと実感する。
そんな男を味方に付けられたのは本当にラッキーなのかもしれない。

「で?どういうこと?」
「その当時、ダニエルには既に恋人がいて、結婚の話も出てた。
 なのに、そこに東郷の娘を名乗る女が割り込んできてさ。
 かなりしつこく付き纏ってたらしいよ。」
「そうなの?」

まぁ、確かに状況は似てるけど。
でも、東郷の娘って、確か俺と同じくらいの年齢じゃなかった?

「あー、あんたは知らないか。
 あの社長、何人も愛人がいてさ。
 本妻の子供はあの二人だけど、その他にも何人か婚外子がいるんだ。
 確か、最初の子は専務より年上なはず。
 その娘に、ダニエルに取り入ってこいって唆したらしいよ。
 うまくいったら、南フランスに別荘買ってやるとか言ってさ。
 こんな話を鵜呑みにするなんて、バカバカしいとしか言いようがないけど。」
「…よく知ってんね。」
「まぁ、何年もあの専務の直属だったしね。
 あいつ、ほんとに口が軽いっていうか、バカっていうか。
 その手の話はさんざん聞かされてきたからさ。」
「ふ~ん…」
「けど、あいつ、そういうところは父親の血を受け継いでるんだよなぁ。
 あんたの彼女みたいな目に遭った女、何人も見てきたよ。」

つくしが受けた侮辱を思い出すだけで、腸が煮えくり返るほどの怒りを覚える。
そして、今は娘のせいで、またもつくしが傷付けられた。
これを黙って見過ごすなんて、できるわけがない。

「…許さない、絶対。」
「パトリシアの父親も、たぶん同じことを言うだろうよ。
 あの人は普段はとても温厚なんだけど、本気で怒ったら何するかわかんない、危険な男だから。」
「俺も、そういう男を知ってる。」
「へぇ?誰よ?」

ニヤリと笑う関に、フッと笑みを向けて、一言。

「…俺。」

つくしを傷付けられ、花沢を侮辱されて、今まで感じたことがないくらいの怒りが湧き上がる。
大事なものを傷付けられた痛みは、それ以上の報復を以て思い知らせなければ気が済まない。

「ハッ…あんたでもそんな顔するんだ。
 ま、それだけ本気なら、こっちもやりがいがあるってもんだ。」
「失敗は許さないから。」
「当たり前だ。
 Quatremerを味方に付けた花沢が負けるわけねぇよ。」

不敵な笑みを浮かべたその顔に、彼の本気を感じる。
最初に会った時は飄々としていて、掴みどころのない男だと思ってたのに。
彼もまた、大事なものを得て、それを守るために変わったのかもしれない。


そんな思考を遮ったのは、突然聞こえてきた柔らかな女性の声。
緩くウェーブのかかったブロンドが揺れ、関の首元にギュッと抱きついた。

『カズ!おかえりなさい!』
『ただいま、パトリシア。いい子にしてたかい?』
『もうっ!パパみたいなこと言わないでっ!』
『あははっ!ごめん、ごめん。
 それより、お客様だよ。さっき話しただろう?』
『あ…』

クリンとした茶目を俺とつくしに向けると、すぐに人懐こい笑みを浮かべる。
これが関の恋人?
俺と歳は変わらないはずなのに、つくしより幼く見えるんだけど。
それに、さっきまでと打って変わった関の態度が…甘い。

『はじめまして!
 パトリシア・カトルメールよ。』
『はじめまして。
 俺は花沢類、彼女はつくし。』
『類とつくし、ね…よろしくっ!』
『こちらこそ、急に来て悪かったね。』
『そんなの気にしないで!
 それより、つくしは具合でも悪いの?』
『ん、ちょっとね。
 どこか、休めるところないかな?』
『なら、こっちの部屋を使うといいわ。
 落ち着いたらお茶にしましょ。
 ちょうどみんな揃ってるのよ!』
『みんな?』
『うんっ!今ってクリスマスバカンスじゃない!
 両親と兄夫婦、それに姉も一家で遊びに来てたのよ!』

ニコニコと笑うパトリシアの隣で、関はバツが悪そうに苦笑している。
俺は俺で、いきなりの展開にどう対処していいのかわからない。

「…そんな話、聞いてないんだけど?」
「はは…本邸にいるのは知ってたんだけどね。
 まさかここに勢揃いするとは、俺も思ってなかったわ。」
「どうすんのさ、この状況。」
「どうもこうも…その辺の状況判断はあんたのが得意だろ。」

そうは言っても、いきなりすぎない?
父さんに相談しようにも、スマホもないし。
ここで判断を誤ったら、今までの計画が水の泡だ。

「…とりあえず、つくしを休ませてくる。」
「ああ。この先がリビングだから、落ち着いたらそこに…」
『ちょっと!私だけ仲間外れにしないでよ!』

日本語で話していた俺たちに、パトリシアはムッとして頬を膨らませる。
が、そんな彼女に、関は呆れた顔でその頬を突いた。

「嘘はいけないよ、パトリシア。
 ちゃんと話せるだろ?日本語。」
「あ…」

吐いて出た声は確かに日本語の響きで、そのアンバランスな感じに奇妙な違和感を覚える。

「日本語、話せるんだ?」
「うん…ごめんなさい。」
「Quatremerは日本の企業も相手にしてる会社だからね。
 パトリシアの家族はみんな話せるよ。」
「そっか。それは助かる。
 つくしはまだフランス語、無理だから。」
「あー、それは辛かっただろうな。
 俺も、最初来た時は全然ダメでさ。
 パトリシアに笑われたのが悔しくて、必死で覚えたんだよ。」
「懐かしい…そんなこともあったね。」

クスクスと微笑み合う二人は本当に幸せそうで、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい。
何だか居た堪れない気分になった俺は、用意してもらったゲストルームへと足を向けた。

「じゃ、また後で。」
「ああ。」

部屋の前で関たちと別れ、ホッと息を吐く。
そしてつくしをベッドまで運び、そっと寝かせると俺もその横でゴロリと横になった。


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2 Comments

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2019/01/12 (Sat) 18:24 | EDIT | REPLY |   
聖

聖  

mi***様

こんばんは(*^-^*)
なかなか更新が安定せず、申し訳ありません💦

バカお嬢は放置で…了解しました!(笑)
つくしが人たらしって、ほんと、それ!
けど、それがいろんな縁を繋いで…繋ぎ過ぎて訳がわからなくなりそうです(^▽^;)
トラウマが復活したとしても、類が何とかしてくれるはず。

お忙しそうですが、体調には気を付けてくださいね。
コメントありがとうございました(´▽`*)♪

2019/01/12 (Sat) 23:12 | EDIT | REPLY |   

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