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弱みと欲目

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Category波の悪戯

「それで?母さんの用って何だったの?」

帰ってくるなり、不機嫌そうな類に苦笑が漏れる。
それもそうだろう…あれから今まで着物を選んだり茶席での作法を教えてもらったりして、スマホを見る暇もなかった。
部屋に戻ってスマホを見てビックリ。
あの後から何件も類からのメッセージが送られてきてて。
慌てて返信したけど、その時にはもう家のすぐそばにいたらしい。

「そんな顔しないのよ、類君。
 ごめんなさいね、つくしちゃん…ずっと付き合わせてしまって。」
「いえ、あたしも楽しい時間が過ごせました。
 あんな素敵なお着物を着せていただいて…」
「着物?」
「うん。初釜に着て行くお着物とか帯とか、お義母さんが選んでくださったの。」
「あー、そういえばそろそろだっけ。」
「類君はスーツで行くの?何ならお着物を…」
「…スーツでいい。」

返信できなかった理由がわかり、類の表情が少し柔らかくなる。
そんな類がちょっと可愛くて、お義母さんと目を合わせてクスッと笑っていると。

「…何?」

またムッとした顔をする類の腕を取り、ニッコリと笑って、

「ほら!ご飯前に着替えてこよ!
 お義母さん、また後で。」

そのまま類の腕を引いて、部屋へと戻った。



部屋に入ると、いきなり背中からきつく抱きしめられた。
その力強さから、類がどれだけあたしを想っていてくれたのか思い知らされる…けど。

「…ズルい。」

吐いて出た言葉に類の腕が一瞬怯む。

「つくし?」
「ズルいよ…それじゃ、あたしが抱きしめられないじゃん。」

少し拗ねた声でチラッと類を仰ぎ見る。
肩越しに見つめた瞳は相変わらず綺麗で、途端に愛しさが湧き上がってくる。

「あたしだって…」

クルリと類へと向き直り、首に腕を回して引き寄せて。

「…寂しかったんだから!」

胸の内を吐き出すように小さく叫び、軽く背伸びをして類の唇を奪った。
けど、類はその程度のキスじゃ満足できなかったみたいで、ここぞとばかりに腰を引き寄せ、深いキスを求めてきて。
堪らず、あたしはその腕をすり抜けた。

「つく…」
「早く着替えて、ご飯にしよ!
 お義母さんをお待たせしたらよくないよ。」
「…先にキスしたの、そっちじゃん。」

不満そうに見つめられるけど、今ここで止めておかないと夕飯をすっぽかしかねない。
あたしだって一日類に会えなくて寂しかったから、それこそ我慢できなくなっちゃうし。

「ご飯食べ終わったら、さっきの着物のポラ見てみて?
 どの色がいいか、類の意見も…」
「それは母さんに任せる。
 それより、俺の腕から逃げたお仕置きしないとね。」
「え…?」
「寂しかったんでしょ?
 俺も一日ずっと我慢してたからね…覚悟しといて。」

艶っぽく耳元で囁かれ、そのままペロッと耳朶を舐められる。
思わず声が漏れそうになるのをグッと堪えたけど、そんなの類にはバレバレで。

「クスッ…耳まで真っ赤。
 いつまで経ってもつくしは初心だよね…かわいい。」
「ちょっ…!揶揄わないで…っ!」
「ヤだ。俺、つくしのそういうとこ、大好きだから。」
「…っ!もう!早く着替えてきてっ!」
「はいはい。」

あっさりと主導権を奪われ、嬉しそうに笑う類にイラッとする。
いつだってあたしは類に翻弄されてばっかり…なのに、それを心のどこかで喜んでるのも事実。

「はぁ…これが惚れた弱みってやつ?
 でもしかたないよね、相手が類だもん。」

今更ながら、トンでもない男に惚れたもんだ。
超イケメンで仕事もできて頼りになって、それでいてあたしだけを愛してくれる。
こんな幸せなことってあるんだろうか。

「あるんだよ、実際。」
「へ?」

着替えを終えた類がクックッと笑いを堪えながらクローゼットから出てくる。
カジュアルな部屋着に着替えても、類はやっぱりかっこいいな…なんてちょっと見惚れてたら。

「それも含めて、続きはディナーの後で、ね。」

スッと腰に回った手が優しくエスコートするように触れる。
その手に他意はないとわかっていても、一瞬ドキンと胸が鳴ってしまうのは条件反射なんだろうけど。
嬉しいような恥ずかしいような微妙な感覚に、治まりかけた熱が顔に集まる。

「いい加減、慣れてよ。
 じゃないと、心配で初釜に連れていけない…」
「え…?」
「そんな可愛い顔、他のヤツになんて見せたくないし。」
「……は?」
「それに着物着るんでしょ?
 つくしの可愛さに大人っぽさがプラスされるわけじゃん?
 絶対、見初めた輩に狙われるよね。
 どうしよう…俺、心配でつくしの傍から離れられないかも…」

冗談みたいなことを真顔で言われ、最早言葉を発することすら忘れる。
大絶賛してくださるのは嬉しいけど、ちょっとオーバーじゃない?

「類…それは惚れた欲目ってやつで…」
「そうかもね。
 でも、ほんとにかなり大人っぽくなったよ。
 つくしにはわからないかもだけど。」
「そうかなぁ?」
「とりあえず、夕飯行こっか。
 あんまり待たせると煩いから。」
「あ、うん。」

優しく添えられた手に促されてダイニングに向かうと、すでにお義母さんは席についていて。
類より少し遅れて帰宅したお義父さんに手元の写真を見せながら嬉しそうに微笑んでいた。

「何?二人して笑ってて気味悪いんだけど。」
「ちょ、類!」
「うふふ…いいのよ、つくしちゃん。
 これ見たら、類君にも私の気持ちがわかると思うわ。
 ねぇ、あなた?」
「あぁ、そうだな。」
「でも、今は食事が先よ。
 せっかくのお料理が冷めてしまうわ。」

手にしていた写真を使用人さんへと預け、お義母さんがテーブルに向き直ったタイミングで夕食が始まる。
お義父さんとお義母さんと類と4人で囲む食卓はあたしの家とは全然違う。
うちの食卓はいつも賑やかで、笑いが絶えない。
進とおかずの取り合いになったり、パパがお茶碗を倒してママに叱られたり。
ここにそんな遣り取りは一切ないけど、和やかで温かい雰囲気は同じ。

こういう幸せを感じられるのも、類のおかげだよね。

「みんなで食べるご飯は美味しいね。」
「俺はつくしがいれば十分だけど。」
「つくしちゃんが来てくれたおかげで類君も一緒に食事してくれるようになったのよ。
 昼間のことといい、つくしちゃんには本当に感謝してるわ。」
「いえ。あ、そうだ…お着物のことなんですけど。
 できれば初釜の前に少し着させてもらうことはできますか?
 あたし、お着物は着慣れてなくて、動き方とかお作法とか、教えていただきたいな、って。」
「ええ、その方がいいわ。
 和装は洋装と違って、気を付けないといけないこともあるの。
 今回の初釜に限らず、これから着る機会は増えるだろうから、覚えておいて損はないわよ。」
「はい。」
「それなら、明日一日は着物で過ごすっていうのはどうかしら?」
「お願いできますか?」
「もちろんよ。
 着物のこと以外にも覚えておいてほしいことがいろいろあるの。
 花嫁修業ってほど堅苦しく考える必要はないけど、これからゆっくり覚えていってね。」
「ありがとうございます。」

そういえば少し前にお義母さんのご実家で花嫁修業を、なんて話もあったよね。
類は今のままでいいって言ってくれるけど、これからのことを考えれば知らないじゃ済まされないこともあるだろう。
類の隣に立つために必要な知識はたくさんあるはずだから。

「それじゃ、俺たちは部屋に戻るよ。」
「ええ。明日に備えてゆっくり休ませてあげてね、類君。」
「…行こ、つくし。」

ん?何だろう…この微妙な感じは。
クスクスと笑うお義母さんにお義父さんは苦笑いしてるし。
類も何だかバツが悪そうにして…って、あっ!

「る、類…」
「気にしなくていいよ。
 揶揄われてるだけだから。」
「でも…」
「つくしが嫌って言うんなら考えるけど?」
「そ、それは…」

あたしが類のお誘いを断れないって知ってて言ってるのが悔しい。
でも、類のいない寂しさを実感してしまったから、嫌だなんて言えるわけもない。
だからってあたしから…っていうのはもっと言えない。

「どうする?」

低く囁く声にドキドキが止まらない。
いつもなら察してくれるのに…今日の類は意地悪だ。

「今日のお仕置きは決まったね。」
「…え?」

クスッと笑った顔にはあたしの気持ちなんてお見通しだって書いてあるのに。
間近で弧を描く唇はそれ以上近寄ってこない。

「まだ夜は早いからね…この後どうするかはつくし次第だよ。」

明らかに誘うように、類の大きな手が妖しく腰の辺りを撫でる。
キスくらいなら勢いでいけるんだけど…それ以上って、どうしたらいいの?


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