Kiss the Rain ~夢で逢えたら~【前編】
Category【2020.類誕】Kiss the Rain
最近、よく夢を見る。
それも決まって、牧野の夢ばかり。
約半月前、牧野は司のいるNYへと旅立った。
『幸せにしてもらいなよ』って言った俺に、牧野はちょっと嬉しそうに微笑んだ。
小さくなっていく背中を見つめ、その姿が見えなくなっても動けない俺。
どんなに好きでも、牧野が選んだのは司。
もう諦めなきゃいけないって頭ではわかってる…けど。
夢の中の牧野は笑ってたり怒ってたり…泣いてたこともある。
牧野が笑ってた日は気分よく目が覚めるけど、泣いてた日は最悪。
そして、そんな日は決まって何か悪いことが起こる。
仕事で小さなミスがあったり、父さんから小言をもらったり。
商談の席につけば、何故か相手が娘を連れてきて、結婚を匂わせるようなことを言われたり。
しまいには、車から降りた途端、鳥のフンが落ちてきたこともあった。
これは何かの暗示なのか?
そうは思っても、夢の記憶は長くはもたない。
忘れたくないのに、思い出そうとしても朧気で、牧野の顔さえも霞んでしまう。
そして、また同じことの繰り返し。
一日を終え、目を瞑る瞬間に思うのはただ一つ。
今日は笑ってくれるといいな。
夢の中で、俺は桜並木を見上げるようにして寝転がっていた。
それがどこなのか、なぜ寝転んでいるのかもわからない。
舞い散る花びらがまるで季節はずれの雪のように思えて、そっと目を閉じた。
その時、どこからともなく、俺を呼ぶ声が聞こえる。
『類?るーいー!どこー?』
それはつい先日までは聞き慣れた、でも今は聞くことの叶わない声。
その声をずっと聞いていたくて、俺は返事をせずに寝たフリをする。
声は近付いたり遠のいたりしながら、何度も何度も俺を呼んだ。
名前を呼ばれて嬉しいなんて、初めてかもしれない。
俺が見つからなければ、彼女はずっと俺の名前を呼んでくれるのかな。
だからって、彼女が俺のものになるわけじゃないのに。
夢の中ですら司の存在を感じて、少しだけイラッとする。
けど。
『あっ!いたっ!類!』
嬉しそうに弾む声が俺の耳をくすぐる。
『ふふ…もう、こんなところで寝て…花びらが唇に付いてるじゃない…』
クスクスと笑う声と彼女の気配が近くなる。
そっと触れた指先が口元の花びらを避け、離れていく。
待って…行かないで…
そう叫ぼうとした、次の瞬間。
『類…まだ目を覚まさないでね…』
囁きは唇のすぐそばに落ち、柔らかな温もりが俺の唇を塞ぐ。
え?ちょっ…?
今まで何度も夢で逢ったけど、キスしたのは初めて。
過去には俺からキスしたことはあったけど、牧野からキスされるなんて。
…何で、夢なんだろう。
嬉しさと悔しさでぐちゃぐちゃになる。
望んだところで、叶わないのが夢。
そっか…俺、牧野にキスしてほしかったのか。
夢なのに、妙にはっきりと自己分析をしている自分が可笑しくて。
それなら牧野の気の済むようにさせてやろう…と、思った時。
ポツン…ポツン…
顔に温かな、けど穏やかではない何かが当たる。
さっきまで空は晴れてたし、雨が降る様子もなかった。
だったら、これは?
そっと目を開けると辺りはまだ暗く、視線の先には見慣れた天井しか見えない。
やっぱり夢だったんだ。
でも何か変な気分。
今までも泣いてる牧野の夢は何度も見たけど、これほどリアルに涙を感じたことはなかった。
ぼんやりとした頭で天井を見つめていると、サーっと雨の降る音が聞こえてくる。
僅かにカーテンが揺れるのが見えて、窓を閉め忘れていたことに気付いた。
面倒臭いけど、雨が吹き込んできたらもっと面倒だよな。
しかたなくベッドを降り、薄く開いた窓へと向かう。
せっかくいい夢だったのに。
顔に落ちた雫はこの雨のせいか…と、窓の外をチラッと見る。
かなり雨足は強くて、視界はとても悪い。
この様子だと明日は一日雨だろう。
別に雨が嫌いってわけじゃないけど、仕事に行くのがちょっと憂鬱になる。
無意識に溜息を吐くと、開いていた窓を閉めようと手を伸ばす。
が、その時、家の前を通った車のヘッドライトが小さな人影を映した。
雨で視界が遮られ、それが誰かなんて判別はできない。
でも、なぜか、それが誰なのか、わかった気がした。
「ま、きの…?」
確信があったわけじゃない。
でも、こんな雨の中、傘も差さずにこっちを見てる姿が、いつか夢で見た姿とリンクしてしまった。
こんなデジャヴ、全然嬉しくないけど!
矢も楯もたまらず部屋を飛び出し、門の外へと急ぐ。
別人であってほしい、と思う反面で、もし本当に牧野だったら、と考えるだけで心臓がバクバクと音を立てる。
家の前はそれほど道幅はなく、車の往来も多くはない。
ポツンポツンと立つ外灯を頼りに辺りを見回してみる、と。
少し離れた場所の小さな人影が、心なしか慌てるようにこちらに背を向けるのが見えた。
そして、逃げるように小走りで去っていく姿に、さっきまでの疑念が確信へと変わった。
「待って!…牧野っ!」
持っていた傘を放り投げ、急いでその背を追う。
外灯に照らされたシルエットは別れたあの日のまま。
そして、逃げ足の速さも相変わらず、だけど。
「…ま、きの…」
「え、っと…あの…人違いで…」
しっかりと腕を掴み、その顔を覗き込む。
が、この期に及んで人違いだと顔を背けて、逃げようともがく。
あの日の夢はあまり覚えていないけど、これは現実で、この声は確かに牧野だ。
「何で、逃げるの?」
「に、逃げてるわけじゃなくて…その、ちょっと通りかかっただけだから…」
「こんな雨の中?傘も差さないで?」
「そ、それは…」
「一人?司は?」
矢継ぎ早に投げた最後の質問に、一瞬牧野の肩が揺れる。
牧野との付き合いは短くない…その反応が何を示すかなんて、聞かなくてもわかる。
「…やっぱ、NYに行かせるんじゃなかった。」
「る、い…?」
「司になんて、渡すんじゃなかった!」
掴んだ腕を引き寄せ、強く抱きしめる。
そして、牧野の顎を取り、上向かせてその唇を塞いだ。
牧野は驚いて目を瞠り、俺を押し退けようと腕を掴む。
しかし抵抗したのは一瞬だけで、すぐさま俺に縋るようにシャツをギュッと握っていた。
「牧野、俺のこと、嫌い?」
その心に語りかけるように優しく問えば、その小さな頭が横に揺れる。
「キスされるの、嫌だった?」
俯いてしまった頭を見つめながら、その答えを待つ。
お互い服はびしょ濡れで、俺の髪を伝う雨粒が牧野の髪に落ちる。
早く家に入れなきゃって思うのに、牧野の返事を聞くまでは動きたくなかった。
キスしたことを後悔はしていない。
でも嫌だったんなら…と考えていると。
「…嫌、じゃなかった。」
思いがけない返事に、心が沸き立つのを感じる。
雨で冷え切ってるはずなのに、体が熱く感じ、もう一度しっかりと牧野を腕に抱いた。
「…もう一回、したい。」
「る、い…」
「牧野…こっち向いて…」
さっきは気持ちを押し付けるみたいにキスしてしまったけど。
次は無理矢理じゃなく、牧野とキスがしたい。
牧野の気持ちを思えば、そう簡単じゃないことはわかってる。
でも、もし牧野が新たな一歩を踏み出したいと思ってるんなら、きっと顔を上げてくれるはず。
「…類、あたし…がんばったんだよ。」
「ん。牧野はいつだってがんばってる。
俺はずっと見てたよ。」
「でもね…ダメだった。
もう、これ以上はがんばれない。」
「いいんじゃない?無理してもいい結果は出ないよ。」
「…もう、どうしていいのか、わかんないよ…」
抱きしめる腕の中で、牧野の体が小さく揺れる。
必死の思いで繋いできた気持ちが、プツリと音を立てて切れたような気がした。
「牧野、こっち見て。」
「でも…」
「司のこと、忘れたいんでしょ?」
「……」
「牧野の本気、見せて。」
「あたしの、本気?」
「ん。司を捨てて、新たな一歩を踏み出したいんでしょ?」
「…うん。」
「今までは司がいたから遠慮してたけど、牧野がその気なら俺も本気出すよ。」
「本気?」
「そ。本気で、牧野が欲しい。
…好き、だから。」
降り続く雨が視界を遮断し、まるでこの世に俺たちしかいないみたいな錯覚を覚える。
今までの人生で、これほど誰かに執着したことなんてない。
司が牧野を手離した今がチャンス。
夢なんかじゃない…ずっと好きだった。
司が何と言おうと、牧野をもう二度と手離すものか。
「牧野。あんたには悪いけど、俺はもうあんたを手離す気はない。
司にも、他の誰かにも、絶対に渡したくない。」
女を口説くなんてしたことないけど、本気で欲しい相手になりふり構っていられない。
好きな気持ち、大切にしたい気持ち、守りたい気持ち。
弱った牧野の心に俺の気持ち全部で訴えかけ、その心ごと愛したいのだと伝える。
「…あたし程度の女に、何でそんなに必死になってんのよ。
天下のF4の花沢類が。」
「必死にもなるさ。
だって、相手は俺らF4全員を骨抜きにした牧野つくしだよ?
そんなすごい女はあんただけ。」
「…これは悪い夢なのよ。朝になったらきっと…」
「なら、今だけでもいいから、俺のものになってよ。
夢の中ならキスくらい、許してくれるよね?」
「許すって…さっきも…」
「おしゃべりはもういいから…こっち向いて。」
濡れそぼった黒髪をそっと撫で、その時を待つ。
小さな頭が微かに動き、躊躇いがちにゆっくりとその瞳が俺へと向けられる。
「やっとこっち見た。」
「類…ずぶ濡れ…」
「あんたも、ね。」
クスッと小さく笑い合って、再び顔を寄せる。
丸い額、泣き腫らした瞼、目尻、そして柔らかな頬。
雨に濡れた皮膚は冷たいけど、触れる感触には愛しさしか感じない。
お互いの鼻頭を合わせ、睫毛も触れそうな距離で見つめ合い、牧野の視界を俺で占領する。
誰にも邪魔はさせない。
「牧野…好き。」
「これは夢…」
「いいよ、今はそれで。
でも忘れないで…俺の気持ちも、唇の感触も。」
「類…」
「俺は好きな女にしかキスしない…わかった?」
「…うん。」
ゆっくりと下りる瞼を見つめながら、ひんやりとした唇をしっかりと塞ぐ。
互いの熱を与え合うように何度もキスを繰り返せば、自然とキスが深くなる。
薄く開いた唇の隙間を押し広げ、侵入させた舌でその奥にある熱を絡め取った。
「んっ…」
甘く漏れた吐息に煽られ、牧野の腰をグイっと引き寄せて…ハッとした。
体が冷たい。
いつからいたのか知らないけど、この雨の中、ずっと立ってたんだ。
このままじゃ絶対に風邪を引く。
「牧野、うちに行こ。」
「る、い…」
「そんな名残惜しそうにしなくても、続きは家に入ってからたっぷりしてあげるよ。」
「なっ…たっぷり、って…」
我に返った牧野は、やっぱり牧野で。
動揺して口走る言葉は訳が分からない。
それはそれでずっと見ていたい気もするけど、何せ今は深夜。
「ちょっと黙って。」
その動きを唇で制し、ひょいっと牧野を抱き上げる。
慌てた牧野が再びアワアワと何かを口走るけど。
「…またキスするよ?」
俺の言葉に、ピタリと動きを止める牧野が可愛くて。
うっすらと赤い頬にチュッとキスを一つして、牧野を抱えたまま家へと戻った。
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